
"ギャラリーの卵 froufrou"は、これから孵化し、羽ばたこうとされているクリエイターの卵の方々とともに成長していきたい、そんな想いからつくられました。
純粋に"ものつくり"を楽しみ、"つくる"ことで生きていくことを切望する方々の、優しい揺りかごのような、はじまりの場所になれたなら......。
また、froufrouとはフランス語で「衣擦れの音」。
ゆとりをもって人びとが集い、囁く声や感嘆の溜息、さんざめく笑い......そういったものに満ちたギャラリーになりたいとの願いもこもっております。
そんな、froufrouの真っ白で無限の可能性を秘めた空間で、存分に「遊び」、自由に自分の世界を表現してみませんか。
悠々と心をのばし、芽吹いたばかりの新緑のようなしなやかさで。

熱海の賑やかな駅前商店街。その喧騒から一歩脇道に足を踏み入れると、そこには密やかに路地文化が息づいています。
唐突に現れるヨーロッパ風のboutique ふるふる。さらに狭い階段を2階へとのぼると、そこにはあなたのつくり出した異空間がひっそりと広がっている......。
訪れた人が再び路地に降り立った瞬間から、見える世界が変わってしまうような、そんな挑戦をしてみませんか。
あるいは、あなたの世界で現実をひと時忘れられるような、新鮮な癒しを。
あたかも外界とは流れる速度すら違うような時間を、刺激的な体験を。
あなたがつくり出してみませんか。
そしてそれは、あなた自身も、自分らしさとゆとりを取り戻せる空間であってほしい。
何かを表現したいという無垢な気持ちには、無限の可能性が秘められているとわたくしは思います。

しかし、"ものつくり"には常に現実からの否定が、「無駄」や「無益」であるといった言葉の刃が、あるいは無言の鋭い矛先が、降りかかってくるものでしょう。
わたくしもまた、ギャラリーのオーナーとしてだけでなく、もの書きを目指すひとつのクリエイターの"卵"ですから、先の見えない手探りの状態、自分の感性を信じるしかないけれど、他人の評価も気になり、結果が出せないことに苛立つ......。
そんな気持ちを多少なりとも知っているつもりでおります。
世間の否定は無視できない圧力をもって、わたくしたちに圧し掛かってきます。
しかしわたくしは、それでも楽しく書いていきたい。
書くこと=生きること、でありたい。
ですから、そういったものを束の間忘れ、ただひたすら真剣に「遊び」、自由を楽しむことで、あなたがそういった否定をしなやかにかわす余裕を取り戻せますように。
あなたがその暗く寂しい場所に囚われそうになったとき、その場所に留まらないですむきっかけをつくれますように。
あなたが明るく"ものつくり"を続けていけますように。

そう願っておりますので、froufrouという空間はひとつの自由なユートピアでありたいのです。
ユートピアとは、すなわちnowhere=「どこにもない場所」。
それをつくり出せるのはあなたしかいない、そんな眩い場所。
それを表現することの喜びと興奮を、ただ純粋に共有できるような、そんなギャラリーでありたいのです。
ギャラリーのオーナーとしても"卵"ですが、こういった姿勢で真摯に取り組んでいこうと思っております。
そして、クリエイターの方々同士の、あるいは見に来てくださるお客様との交流も、名や作品が売れるということ以上に大切なことだと考えています。
どうか、ゆったりとわたくしたちの"ものつくり"に対する愛を育み、楽しく真剣に遊ぶことのできる場として、そんな"卵"さんたちの交流の場として、ギャラリーの卵 froufrouが育っていけますように。
これから皆さまとともに、成長してゆけますように。
そう祈って、ご挨拶のかわりとさせていただきたいと思います。